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神社案内

護國神社の由来

石川護國神社の由来

家族と郷土の繁栄を見守り、人々が歩み進める人生においてふりかかる災いを鎮め、日々の生活を安全に、そして安心して送れることを祈り続けておられる神様です。


 石川護國神社には、石川県出身の英霊(戦没者の御霊)をお祀りしてあります。
 明治元年の戊辰の役(北越戦争)で戦死した加賀藩の百八名の戦没者の御霊を、同三年、卯辰山に招魂社を造営して祀ったのが創まりです。


 以来、西南の役、日清日露の両戦役、支那事変(日中戦争)、大東亜戦争までの英霊、四万四千八百八十七柱を合わせ祀ってあります。(このうち、第九師団管下の富山・福井・岐阜・滋賀県出身の英霊一万九百十九柱が含まれます)

石川護國神社の由来

 昭和十年に卯辰山の招魂社から、小立野練兵場の一部である現在地に遷座されました。遷座にあたって、石川県・第九師団・県下市町村その他有志により奉賛会が組織され、二年半の歳月を費やして、境内地を造成、本殿以下社殿及び工作物が造営されました。


 昭和十四年社名が石川護國神社と改称されました。その後、昭和四十五年に御創立百年記念大祭、昭和五十九年に御遷座五十年記念大祭、平成二年に御創立百二十年記念大祭、平成十二年に御創立百三十年記念大祭、平成十七年に終戦六十年臨時大祭が執行されました。

万灯みたままつりの幻想的なあんどんの灯り

護國の杜に囲まれた暗闇は、幻想的な空間が広がり、
普段の生活では味わえない、素敵な空間・時間を過ごすことができます。
あんどんの灯りは期間中、夕刻より翌朝まで灯されます。

護國神社までの交通アクセス

 石川護國神社は、観光都市の中心部、金沢城を復元中の金沢城公園・兼六園の横に所在します。繁華街である香林坊や片町からも徒歩圏内にあります。
 本多の森公園に囲まれた神社の周囲には、金沢21世紀美術館、石川近代文学館、石川県立美術館、石川県立歴史博物館などテーマの異なる芸術関連施設があります。
 また、当社まで来られるルートの一つ、広坂通りから能楽堂に通じる坂道には、春には、桜のトンネルが、秋には紅葉のトンネンルが続き、1年を通じてとても美しいと評判です。
 周囲の地の利をいかして、自然と文化が息づく歴史の散歩道を散策したり、施設巡りをするのも趣き深く、観光客の方だけでなく、地元の方にも人気があります。
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